使徒 09 | 革命的なシェアリング 4:32-35
今回の箇所ではさらに具体的にシェアリングについて書かれています。初代は初代、当時と現代は違う、というように考えるべきでしょうか?あるいは古き良き時代のやり方に戻るべきでしょうか? 教会は、共有する=共産主義的に進んでいくべきでしょうか?
今回の箇所ではさらに具体的にシェアリングについて書かれています。初代は初代、当時と現代は違う、というように考えるべきでしょうか?あるいは古き良き時代のやり方に戻るべきでしょうか? 教会は、共有する=共産主義的に進んでいくべきでしょうか?
イースターおめでとうございます。キリストの十字架の死と復活を共に味わい、祝うことができることを感謝します。大っぴらに礼拝の出来ないような場所にいらっしゃる方もいるでしょう。主の恵みをお祈りします。
クリスチャンライフは、ドラマや本のように一話完結というわけではなく、疑問や謎が解決しないことがほとんどではないでしょうか。でも今週それがほんの少し内容が繋がったように思えたことがありました。それをシェアします。
フィギュアスケートペアで日本史上初のオリンピック金メダルを獲得した木原・三浦選手たちは競技中もインタビューでも、オフでも、よくお互いの顔を見合っています。気づいたらお互いに顔を見合っているそうです。世界最高の結果が出るのは信頼とか絆、という言葉で表現されています。仲がいいお二人ですからお互いに見つめあってもそれはますます信頼を深めているのでしょう。でも見つめているのが神様だとしたらどうでしょうか?居心地悪いでしょうか?
今回の箇所では「喜び」について垣間見ることが出来ます。喜びとは、すべて順風満帆だから嬉しい、という気持ちではありません。福音を人生の中心に据えて神がどんな苦境を通してでもその福音を伝えて広げてくださるという揺るがない平安を与えるのが神の喜びです。
あなたや教会は今日迫害に脅かされているでしょうか?もちろん迫害に遭遇しているでしょう。イエスを信じることを告白することはすなわちこの世にノーと言っていることです。この世の流れや風習、他宗教や様々な教えが蔓延しています。日本や北米では信仰の故に牢屋に入れられることはすぐにはないでしょう。しかし信仰のゆえに誤解を受けたり、行動を規制されたり、法律にはむかわねばならないことがあるでしょう
Christ is Lower Still: この曲が多くの人の心に訴えるのは私たちの胸の内、心、体、たましい、私たちのすべてが癒しを願い求めているからです。聖書の中のキリストが歌われている曲です。
この曲を聴きながら思い浮かんだいくつかの聖句を引用します。
「喜びを持って」祈ることはこのピリピ書の根底を流れる喜びに通ずるものがあります。パウロが喜びを持って祈れるのには二つの理由があります。
神は人の歴史にあって働かれます。その人生において、神に従い、聖霊に導かれる信仰の姿が使徒の働きの書にはっきりと見られるのです。
新曲発売!なんて広告が出ると、ちょっとそわそわしたりしませんか?オンラインのストリーミングサービスをチェックしてダウンロードしなきゃ、と思ったりしますよね。Spotifyによると2025年には毎日10万曲が加えらたそうです。すごい数の曲が上げられていますね。でもそれよりもっと数多く新しい歌が日々与えられています。それは聖書の語る神から与えられる新しい歌です。
ピリピはローマ植民地であり、商業、通商の中心地として重要な拠点でした。ローマ兵たちが退役後移住していたこともあり、ローマ文化が根付いていました。さらに共通語も当時よく使われていたギリシャ語ではなくローマと同じくラテン語が用いられるなど、どこをとってもローマっぽい都市として誇っていたようです。当然ローマ皇帝を神と崇めることが要求されていたのです。