子供デボーション|ヨハネ 1:3
「すべてのものは、この方によってつくられた。つくられたもので、この方によらずにできたものは一つもない。」ヨハネ 1:3
「すべてのものは、この方によってつくられた。つくられたもので、この方によらずにできたものは一つもない。」ヨハネ 1:3
先週、CAチャーチで開催していた十週間のアルファコースが終了しました。ラストの夜はセレブレーションナイトとして、「教会」についてのライブトーク、様々なエリアで活躍したボランティアたちを紹介し、ゲストの方々がアルファ体験談を自由にシェアする時間でした。アルファは終点ではありません。信仰の歩みの出発点、ゲートのようなものです。これまでは「個」であった人が、アルファでつながりを持ち、「友」や「兄弟姉妹」というリレーションシップを作りました。
今回の箇所はあまりにも有名な箇所です。様々な神学的な要素、解釈、教えが広まっているので、知らない方はいないのではないでしょうか。今回の学びでは、しかし、ピリピの教会が福音を伝えること、そこからの敵対する力、内部の摩擦についてパウロが言いたかったことにフォーカスを当てます。イエスを模範として描いているのです。それこそが、福音にふさわしい態度ですから。
教会暦の中に、ペンテコステがあります。聖霊降臨日と呼ばれます。使徒のはたらきの2章にこう書かれています。
五旬節の日になって、みなが一つの所に集まっていた。 すると突然、天から、激しい風が吹いて来るゆな響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。また、炎のような分かれた舌が現れて、ひとりひとりの上にとどまった。 すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。(使徒 2:1-4)
今日の聖書通読の詩篇の箇所は詩篇65篇からでした。新改訳だと伝わりにくいかもしれませんが、アンプリファイド訳には「畏敬の念に打たれた」「身を屈めるような驚き」が主にある静寂であると解説をつけています。そしてその静寂は賛美によって破られると補足されています。思わず、これはフェルマータとフォルテシモだ!と感じました。
「バプテスマのヨハネ」とよばれている人がいました。この人は人々に、イエスさまがもうすぐ神さまのことを教えに来られることをつたえていました。バプテスマのヨハネは、「まがっている心をまっすぐにしなさい。」と言いました。神の子であるイエスさまをむかえるためです。
「しかし、この方をうけ入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされるとっけんをおあたえになった。」ヨハネ 1:12
イースターおめでとうございます。キリストの十字架の死と復活を共に味わい、祝うことができることを感謝します。大っぴらに礼拝の出来ないような場所にいらっしゃる方もいるでしょう。主の恵みをお祈りします。
クリスチャンライフは、ドラマや本のように一話完結というわけではなく、疑問や謎が解決しないことがほとんどではないでしょうか。でも今週それがほんの少し内容が繋がったように思えたことがありました。それをシェアします。
フィギュアスケートペアで日本史上初のオリンピック金メダルを獲得した木原・三浦選手たちは競技中もインタビューでも、オフでも、よくお互いの顔を見合っています。気づいたらお互いに顔を見合っているそうです。世界最高の結果が出るのは信頼とか絆、という言葉で表現されています。仲がいいお二人ですからお互いに見つめあってもそれはますます信頼を深めているのでしょう。でも見つめているのが神様だとしたらどうでしょうか?居心地悪いでしょうか?
Christ is Lower Still: この曲が多くの人の心に訴えるのは私たちの胸の内、心、体、たましい、私たちのすべてが癒しを願い求めているからです。聖書の中のキリストが歌われている曲です。
この曲を聴きながら思い浮かんだいくつかの聖句を引用します。