非日常のすすめ

先日、教会のスタッフは祈りのリトリートを持ちました。リトリートは日常から脱出してリフレッシュするためのプチ旅行みたいなものです。旅行とは違い、目的は観光ではなく静かな時間を持ちます。クリスチャン的なリトリートであれば、聖書をじっくり読んだり、自然に囲まれてゆっくりとしたり、祈りの時間をいつもよりゆっくりと、じっくりと味わう時です。

子供ディボーション|マタイ 3:16-17, マルコ 1:9-11, ルカ 3:21-23

神の子イエスさまは、父なる神さまと一つであられます。それなので、イエスさまも神さまです。そして、せいれいさまとは、私たちの心をたすけてくださるお方で、この方も神さまです。父なる神さまと神の子イエスさまとせいれいさまは三人で一つの神さまです。このふしぎな事を「さんみいったい」とよびます。

ピリピ|08 テモテとエパフロデト 2:19-30

今回の箇所をスラスラと読んでしまうと、旅行の予定しか頭に入らず、パウロの本心を理解し損ねます。ここでパウロが語っているのは単に今後のテモテ、パウロ、そしてエパフロデトのピリぺへの旅程だけではありません。1章から彼が語り続けている「福音にふさわしく生きる」というテーマが底辺を流れています。この箇所では福音にふさわしく生きている、模範とも言えるテモテとエパフロデトのことを語っているのです。

子供デボーション|ヨハネ 1:4

「この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。」ヨハネ1:4

「この方」とは、イエスさまのことをいっています。イエスさまがくださるいのちとは、体のいのちだけではなくて、神さまをあいするよろこびと天国に行って神さまとずっと生きつづけるいのちのことです。そして、このすばらしいいのちは人の心をよろこびで明るくしてくれるので、「このいのちは、人の光であった。」と語っています。

アルファはローラーコースター?

先週、CAチャーチで開催していた十週間のアルファコースが終了しました。ラストの夜はセレブレーションナイトとして、「教会」についてのライブトーク、様々なエリアで活躍したボランティアたちを紹介し、ゲストの方々がアルファ体験談を自由にシェアする時間でした。アルファは終点ではありません。信仰の歩みの出発点、ゲートのようなものです。これまでは「個」であった人が、アルファでつながりを持ち、「友」や「兄弟姉妹」というリレーションシップを作りました。

神よ動きたまえ

教会暦の中に、ペンテコステがあります。聖霊降臨日と呼ばれます。使徒のはたらきの2章にこう書かれています。

五旬節の日になって、みなが一つの所に集まっていた。 すると突然、天から、激しい風が吹いて来るゆな響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。また、炎のような分かれた舌が現れて、ひとりひとりの上にとどまった。 すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。(使徒 2:1-4)