本当のイエスの弟子とは

イエスが語られた事を多くの人達が拒絶し、また多くが信じたと言う分極を見たところで前回の投稿を終えました。しかし、人が神の国に生まれ変わると言うプロセスは「納得する」と言う時限を超えている事が今回の記事でも分かります。イエスが言われた事はこうです.

1.もしイエスのことばに留まるなら、その人は本当にイエスの弟子である。

イエスのことばに納得する事は重要ですが、それと同時にイエスに付き従って生きていく決心をする事をイエスは促しておられます。そう決心する時、聖霊がその人の魂に宿ってくださり、イエスを愛し返す事、イエスのことばを慕う事を教えて下さいます。納得しただけで決心しない状態だと、直ぐに理解できない話や都合の悪い教えにぶつかり、つまづいてしまう事になります。*
*マタイ13:5〜6、ヨハネ15:5

2. その人は真理を知る

神様はその人が従って生きる中で、少しづつ御ことばをくださいます。人はその都度、神から真理の啓示を受けながら生きます。神ご自身に関する真理、神の愛に関する真理、十字架での贖いに関する真理、この世の流れやその人の身の回りでの出来事に関しての真理を教えてくださるのです。*
*エレミヤ書33:3

3.真理はその人を自由にする。

34〜36節でイエスは、罪を行う者は罪の奴隷である事と、ご自身がその奴隷を解放する権利を持った「家の息子」に例えて語っておられます。この翌年にイエスは、人類を贖うために十字架に掛かられます。この「贖い」とは、奴隷を買い戻す時に使われる言葉でもありました。つまり罪の奴隷になっている人類に、唯一の救いの道を開かれるために十字架に掛かられたので、イエスには真理を求めて受け入れる人の魂を罪の報酬である永遠の死から救い天国に入れる権利をも持っておられるのです。

真理が与える自由

イエスキリストの真理はどの様に私たちを自由にしてくれるかを考えてみましょう。

罪からの自由:

魂が救われて天国に行く事がまず一番大きな究極的な自由と定義できるのですが、この地上に住む上でもあらゆる罪からの解放があります。

  • 罪を犯す事からの自由:イエスに留まり、神が語ってくださる真理に従いながら生きる時、魂の救いを始め、神との交わりが深まり、神を悲しませる罪からの距離を遠ざける力も与えられます。
  • 罪悪感からの本当の自由:罪を言動で犯してしまうと、一方で人は罪悪感に押し潰され、もう一方では自身の行いを正当化し続けると言う形で新たに罪を重ねる可能性などがあります。いづれにしても人は過去の罪にも振り回されしまうものです。自身の罪を正当化してしまう時、当然の事、神に立ち返る事はできず、神から遠ざかる悪循環を繰り返します。しかし罪意識がある時、人が神に立ち返る事ができる大きなチャンスであり、神からの赦しを受けて人は罪意識からも解放される事は可能なのです。(*)

(*)ガラテヤ書5:1

嘘からの自由:

私たちは大人も子供も常に何かに「導かれている」状態だと思って間違いないでしょう。それが親からの教えであったり、文化やしきたりの声であったり、メディア、ドラマ、芸能人や政治家の「声」であったりで、神へと繋がる良いもの、または無害なものも多くあります。しかしこの世には害のある思考の声が圧倒的に多く蔓延っていて、神の真理を知らなかったり、聞きたい事しか受け入れなかったりする時、人はそれらの「教えの風」に吹き回されると聖書は語っています(*)。 神が真理を与えてくださる時、人はあらゆる害のある教えに悩ませれる心配はありません。この章を読み進むとイエスは、悪魔がいかに偽り者であるかを語られます(**)。 確かに悪魔は人の心を神から離すために常に働いています(***)。教えの風の他にも、悪魔の嘘はどの様なものか、また、イエス様の真理がその嘘からどう解放してくださるかを考えてみましょう。

(*)第二テモテ4:3 (**)ヨハネ8:44、(***)エペソ2:1〜4

  • 「あなたは罪人ではない」と言う嘘:誰も自身が罪ある人間だと認める事は気分のいいものではありません。しかし神の前に罪のない人間は一人もいないと聖書は語っています(*)。人はこの根本を受け入れて悔い改め、イエスを救い主として受け入れなければ罪の奴隷のまま滅びてしまいます。罪を認めてイエスを呼び求める事で魂は救われ、その人は一歩一歩、罪からの解放を経験する事ができるのです。

(*)伝道者の書7:20

  • 「あなたには既得権がある」と言う嘘:この嘘はナルシスな人、過保護や大甘に育った人物に限らず、意外にも色んなレベルで幅広く埋め込まれているかも知れません。しかし、神は人からへりくだった心を望まれます(*)。 何よりも御子イエスご自身がへりくだってこの世に来てくださったので(**)、人は神の前にへりくだる事から更に神に近づく事ができます。それは神が意図した人生を歩む自由に繋がるのです。

(*)イザヤ書66:2、(**)ピリピ2:6〜10

  • 「お前には価値はない」と言う嘘:今度は逆方向に自己嫌悪に人を落としめる嘘です。人や神から愛される価値がないなどと言う考えも大きな嘘なのです。人間は一人一人が神に似せて造られていて、神の御子が身代わりになって死んでくださる程の価値があると言う真理を呑み込む事ができる時、神の愛を実感して生きる自由が与えられます。
  • 「望みはない」と言う嘘:人の上に悪い状況が起きるのを神が許される時、必ずそれなりの計画があっての事で、私たちには理解できない時が多いですね。それでも神に従って生きる時、失望で終わる事がないことも聖書は語っています(*)。真理は失望からの自由をも与えてくれるのです。

(*)ローマ書8:18

過去からの解放: 

犯してしまった罪や誤ち、知識や考え方が怠っていた故に選んでしまった道、起きてしまった事故や事件… 各自と神にしか理解できない重たい重荷となってその人を圧迫します。真理はどのようにそこから解放してくれるでしょうか? イエスが重荷を負っている人にご自身の元に来るように(*)、そして豊かな命に溢れた人生を持つように願ってくださっています(**)。過去を変えることも忘れる事もできなくても、その過去を主イエスの手の中に委ねる事 ー 実際そうする力も神は与えてくださいます。

(*) マタイ11:28、(**)ヨハネ10:10

闇の世界からの解放:

「事実は小説よりも奇なり」と言う言葉の言葉に値する程の泥沼の世界に囚われてしまったり、もしくは霊現象などに悩まされる人も多くいます。イエスキリストはどんな闇をも照らし、その人をそこから引っ張り出す事ができるお方なのです。  

ヤコブ書2:19、詩篇40:2、ルカ10:17など

イエスのことばを信じてそこに留まる者の心は神のことばを受け取りながら元々神が意図しておられたその人の真の姿 – 嘘の教えに影響された自分ではなく、本当の自分に育ちながら生きる事ができ、多くの側面での解放、自由が与えられるのです。