教会暦ではレントという時期に入りました。3月6日の水曜日を灰の水曜と呼び、その日からイースター復活祭までの40日間のことを指します。教会や教派によって様々な儀礼や個人的な信仰のアクティビティがあります。実際に断食をする方や(最近はソーシャルメディア断ちやネットフリックス断ちをする人たちも私の周りに多いです)、通常に加えて祈りを多く捧げたりしながら、イエス様の生涯、十字架での苦しみ、そして復活への歩みに心を向けるのです。

私はWalter Wangerin Jr による「Reliving the Passion (受難を再び生きる)」というデボーションの本を毎日読んでいます。ワンゲリン氏は自分が中学生の時に、牧師の父親が語ったイースターの説教を聞いていた時に、聖書の中の人物達と自分を重ね合わせたり、その場にいるように想像力を働かして得た体験から、このデボーションを書き上げたと言います。彼は、「復活祭に向けて読者がその知性と(読みながら学び)純粋な感情(イエスの歩んだ道。。。主の苦難を通して私たちが体験出来る愛)において一歩一歩進んで行けるように導きたい。It is my intent that they should lead a reader step by step to an Easter celebration, walking with Jesus both in thought (learning along the way) and in a genuine feeling (experiencing The Way—experiencing the love of the Lord in his passion).」と願って執筆したそうです。(前書きから)

私の通う教会で賛美する曲の一つに Phil Wickham の “Living Hope” という曲があります。(この投稿の後半で紹介しています)その一節でこう歌っています。

そしてイエス様が約束していた通り、その朝
あなたの葬られた体が息をふきかえし
静けさの中から獅子の雄叫びがあった
墓は私を閉じ込めることは出来ない、と
イエス様、あなたは勝利の主です


“Your buried body began to breathe” と歌うたびに鳥肌が立つ思いがします。その瞬間、私はもはや教会の礼拝堂で歌っているのではなく、イエスの復活を目の当たりにしている感覚を覚えているのです。


ワンゲリン氏のデボーションの最初の日は「灰の水曜日」ですが、彼は、私たちが忘れがちなのは自分達には必ず「死」が訪れることを思い起こさせてくれています。灰の水曜には額に灰で十字架を書く儀礼をする教派があります。それは私たちが「土から土へ」帰る身であることを覚える時でもあるそうです。この日のデボーションを彼はこう結んでいます。「自分は土くれに過ぎないことを覚えよ。今、死に思いを馳せよ。生き生きとした人生を歩んでいる今においても。私の死とイエス様の死が恵みにおいてつなぎ合わされていることを。忘れるな!今この死を覚えていればそれはいのちへと繋がる体。そのいのちは永遠のいのちである。Remember now that thou art dust. Death now—yes, even in the midst of a bustling life. My death and Jesus’ death, by grace conjoined. Memento! —because this death, remembered now, yields life hereafter. And that life is forever. “Reliving the Passion” – Walter Wrangren Jr.」

復活祭までの期間であなたのイエス様との出会い、歩み、語らいが益々深まりますように。Phil Wickham の Living Hope を以下に紹介します。拙訳もつけておきます。

How great the chasm that lay between us
How high the mountain I could not climb
In desperation, I turned to heaven
And spoke Your name into the night
Then through the darkness, Your loving-kindness
Tore through the shadows of my soul
The work is finished, the end is written
Jesus Christ, my living hope

あなたと私の間には何て深い溝があることだろう
あなたの元へ行くのはあまりに高い山頂を目指すようです
もがきながら、天に目を向けました
暗闇に向けてあなたの名を叫んだのです
すると闇からあなたの深い愛が
私の魂の中の暗闇に差し込んできたのです
全ては達成されていたんですね。結末はもう記されています
イエスキリストが私の生ける希望なんです

Who could imagine so great a mercy?
What heart could fathom such boundless grace?
The God of ages stepped down from glory
To wear my sin and bear my shame
The cross has spoken, I am forgiven
The King of kings calls me His own
Beautiful Savior, I’m Yours forever
Jesus Christ, my living hope

こんなに深いあわれみがあるなんて誰にも想像がつきませんでした
これほどまで惜しみない恵みを誰も心から理解できないのです
永遠の神が栄光の座から降りてきて
私の罪をまとい、恥ずかしめを身に受けるなんて
王の王が私を自分の子と呼んでくれるのです
麗しい救い主よ、私はとこしえにあなたのものです
イエスキリストが私の生ける希望なんです

Hallelujah, praise the One who set me free
Hallelujah, death has lost its grip on me
You have broken every chain
There’s salvation in Your name
Jesus Christ, my living hope

ハレルヤ、私を解放してくれたお方を讃えます
ハレルヤ、死はもう私をがんじがらめに出来ません
私を繋いでいた鎖は全てあなたが打ち砕いたのです
あなたの御名にこそ救いがあります
イエスキリストが私の生ける希望なんです

Then came the morning that sealed the promise
Your buried body began to breathe
Out of the silence, the Roaring Lion
Declared the grave has no claim on me
Jesus, Yours is the victory, whoa!

そしてイエス様が約束されていたとおり、その朝、
あなたの葬られた体が息をふきかえし
静けさの中から獅子の雄叫びが響きます
墓は私を閉じ込めておくことは出来ない、と
イエス様、あなたは勝利の主です

Songwriters: Phil Wickham / Brian Mark Johnson
Living Hope lyrics © Bethel Music Publishing