読む前の要点:
- あなたは、頭の中に描きにくい事柄はありますか?(例:一光年の距離、微生物の目から見た世界、さなぎの中で芋虫が蝶になる課程、等)
- 自分自身という存在は身体だけだと思いますか?それとも自分には魂や霊があると信じますか?なぜですか?
- 「三位一体」についてどんな風に理解していますか?
父と子と聖霊
聖書が教える神は唯一無二で、いわゆる「一神教」の神として知られています。しかし他の一神教とは一線を画しているポイントは、その唯一の神が、天の父なる神、御子なる神、聖霊なる神であられる事、つまり、父・子・聖霊おのおのが神でありながら、お一人の神であられる、と言うところにあります。「三位一体(さんみいったい)」という神学用語がこれを表す言葉として使われています。今回は聖書から、「三位一体」を考えて見たいと思います。
父なる神がこの世界に御子イエスキリストと聖霊を送って下さいました。御子イエスは天の父が定めた時にこの世に一人の人間として生まれ、私たちの身代わりとして罪の代価を十字架の上で支払ってくださった救い主です。(とびら⑦「神が取った手段」参照)そして、聖霊は父なる神から送られた助け主なる神です。聖霊は人の心に語りかけ、戒め、慰め、勇気づけてくださいます。私たちが神様を知ることができるのも、聖霊が働きかけて下さるからです。
イザヤ書9:6、コロサイ人への手紙1:15-20、ヘブル人への手紙13:8他
一口で簡潔に、あるいは例や図表では神様を表すのは不十分なのは確かですが、理解の助けになるならば、と考え、いくつか載せます。
「三位一体」を図にすると次の様なものが精一杯になります。
「三位一体」を何かに例えると:
アナログ時計: アナログ時計には秒を刻む秒針、分を刻む短針、そして時を刻む長針があります。三つの針はそれぞれ違う物体ですが、これらが揃って一つの時間を表します。
一人の人間:人間には肉体があり、知性があり、感性があって一人の人として知られます。
ピアノ名曲: 例えば有名な「トルコ行進曲」を聴く時、一つの名曲として楽しめます。しかし、その曲が流れる為には、モーツァルトが残した譜面、ピアノ(できればグランドピアノ)、そして実際にそれを弾くピアニストが揃う事が必要です。
それぞれは別々の存在ですが、その全てが揃ってこそその曲が演奏されます。
「とびら① 偉大なる創り主」では、神と言うお方は人間の頭に入りきるお方ではない事、それでも理解が出来ない事柄や現象だからと言って始めから「存在しない」と結論を出すべきではない事、そして理解できなくても神と関係を持つことは出来ると言う事を書きました。
コンセプトを受け入れる事が困難な事例は多くあります。例えば生まれつき目の見えない人に風景の話をしたり、色の話をしても、相手が目で見ると言う事を経験していなければ、それらを表現する事は困難な事でしょう。三位一体を理解しようとする困難もこれに似ているのではないでしょうか?
三、四次元の世界に住む人間とは違って、次元を超えた創り主であられる神が、御自身が創られた世界や人間とは異なった形で存在しておられると理解できます。神を心の底から求める人には、聖霊があらゆる方法で(聖書、教会、状況、等)三位一体のコンセプトをも理解する事が出来るように助けて下さり、神と関係を持てるように導いてくださいます。
こうしてイエスはバプテスマ(洗礼)を受けて、すぐに水から上がられた。すると天が開け、神の御霊が鳩のように下って、自分の上に来れれるのをご覧になった。また、天からこう告げる声が聞こえた。「これは私の愛する子、わたしはこれを喜ぶ。」
マタイの福音書3章16-17
その他の参照箇所:創世記1:26 ヨハネ14:8-9、ヨハネ14:25、ヨハネ15:26、等}
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