シンガポールに来ることになった本当の理由に気づきました。

Alpha Singapore – “Zarah’s Story”

今回は、シンガポールでアルファコースに参加された方のストーリーをご紹介します。このストーリーはアルファ・シンガポールによって”Alpha Buzz”というオンライン誌で紹介され、Salt and Light ウェブサイトに掲載されていた物です。オリジナルは英語で書かれています。 アルファ・シンガポールの許可を得て翻訳・掲載させていただきました。個人情報の守秘のため、ストーリーの筆者の名前は「ザーラ」という英語の原稿の仮名をそのまま使っています。オリジナルの投稿はこのリンクから参照出来ます。アルファの情報はこのストーリーの後に掲載してあります。


2014年12月、チャンギ空港に降り立ちました。スーツケース一つだけの旅でしたが、希望に満ちていました。生まれてこのかた20年以上過ごした日本にお別れし、素晴らしいシンガポールで新しい人生を始めようとしていたのです。5年付き合ったシンガポール人の彼氏との楽しい結婚生活を心待ちにしていました。

日本での暮らしは良かったです。学校での成績も優秀でしたし、卒業後は高収入のキャリアも得て成功を収めていたと思います。育った家庭は宗教など興味がなく、自分の欲しいものはなんでも手に入ったので、私も特に神頼みする必要もないと思っていました。

東京での安楽な暮らしから抜け出すのは易しくはありませんでした。友達や家族から、有名な会社での高収入の仕事を去るのですから。でも彼氏のために全て捨てるのは惜しくない、と思ったのです。こんなに素晴らしい夫となる男性は他に無い、と思いました。彼こそ私が子供の頃から思い描いていた自分の幸せな家庭をもたらしてくれる、と考えたのです。

そんな人生がある晩真っ逆さまに崩れ去ったのです。なんの前触れもなく、君に大事な話があるんだ、と切り出してきました。彼を100パーセント信頼し、二人の間には何の隠し事も無いはずだと信じていたのに、なんと彼は実はいくつか犯罪を犯していて、そのために近々刑務所送りになる、と告白したのです。私は打ちのめされてしまいました。彼に裏切られたのです。彼は人にも迷惑をかけていたのです。怒り、恥、喪失感、そういった入り混じった感情に押しつぶされそうでした。

許せない、という監獄

この告白によって私の心はゆっくりと、しかし確実に蝕まれてしまいました。そこである日、私はとうとう彼に本音を伝えました。もう結婚はムリ、と。すると彼は、それはちょっとオーバーなんじゃ無いか、と言うのです。たった一つの過ちを取り上げて、5年間の他の素晴らしい経験を忘れてるんじゃ無いか、と言うのです。 でも、私は彼の元を去りました。シンガポールについてわずか数ヶ月でした。スーツケースひとつとなけなしのわずかなお金だけを持った暮らしが始まったのです。

もう日本には戻れないと決めてかかっていました。仕事も捨て、今更日本での仕事には戻れないと思いました。あれほど有名で最高の会社を辞めてしまっていたので、誰ももうそんな自分を雇いたがらないと思ったのです。幸いなことに、新しい仕事が見つかり、家賃を払って部屋も借りられました。でも賃金は安く、どんなに超過勤務して稼いでも家賃を払った後はほとんどお金は残りませんでした。

「ザーラ」は彼氏のことを許したい、と願いましたがどうしても出来ませんでした。許せない、と言う何にも勝る強い感情で心がいっぱいになっていたのです。(写真提供: Ye Jinghan on Unsplash)

外国で一人暮らしをするための準備をしていた訳では無かったので、余裕はなく、出来るだけ生計を切り詰めました。食事を一食抜くようになり、そのうちそれが二食抜くようになりました。大抵の日は カヤジャムを塗ったカヤトースト一枚でしのいでいました。ところがある日、激しい腹痛に襲われ、病院のお世話になってしまいました。胃潰瘍だと分かりました。この入院騒動でそれまで苦労して貯めたお金が全て出て行ってしまいました。惨めでした。日本で何でも上手くいっていた頃のことを思い出していました。大きな夢を抱いていた頃のことが頭をよぎりました。何でも手に入っていたあの頃でした。でも今は全てを失ってしまっていました。

それは2015年も終わりになろうか、と言う頃でした。完全にくじけていました。私の心は、元カレを絶対赦せないという気持ちで一杯だったのです。胸の奥深くのどこかで彼のしたことを赦したい、と願っていたのでしょうが、どうしてもそんな気持ちにはなれませんでした。どうして私がこんな状況に追い込まれねばならなかったのか理解出来ませんでした。来る日も来る日も、もう死にたい、と思っていました。絶望しかなく、何にもすがる事が出来ないと思ったのです。

そんな時、職場の同僚とお昼に行きました。彼はアメリカの支社に異動になったので、私は彼に送別の意味でお昼をご馳走したかったのです。すると彼は出し抜けに、君はもっとキリスト教について知ったらいいんじゃないかな。気楽な集まりがあるから出てみたら、というのです。その集まりはアルファと呼ばれているものだと後で知りました。

宗教なんて関係無しという家に育ち、日本という無神教者の多い国で生きていましたから、頭ごなしに、宗教っていうのは大抵カルトで、宗教的な集まりには決して関わってはいけないんだ、と心に決めてかかっていたところがあったと思います。同僚の言うこの「気楽な集まり」はまさにこの自分の信念に反するものだと思いました。丁重にお断りしようとしました。

偶然なんて無い

でも彼はそのアルファについてもう一つ教えてくれたのです。それは無料のご飯付きだと言う事でした。生活を切り詰めていたのでいつもお腹をすかせていましたから、食事のために行くとすればそれはそれでいい、と思い、参加することにしました。同僚がすかさずアルファ・シンガポールの知り合いに連絡を取り、最初の参加日が設定されました。2016年1月に初めてアルファに参加しました。二十人ほどの人に迎えられました。ほとんどの方々がクリスチャンでした。ニッキー・ガンベルのトークを視聴し、ディスカッションタイムを持ちました。あまりにみんなが神様について自由に語り合っているのを見て驚きました。まるで神様を本当に見たり出来て、神様の声を聞いたり出来るかのようにです。私は密かにこう思いました。「こんなのあり得ないわ。大体神様がいるって言うなら見せて欲しいわ。科学的根拠はどこにあるのよ。」この集まりは不健全だと決めつけて、来るのはこれが最後だと思いました。

するとセッションの終わりになってテーブルホストが私に、あなたは大丈夫ですか、と尋ねました。私は、全然大丈夫じゃないわ、おかしいことばかりだわ、と彼に私の考えをぶつけました。彼は、「あせらないでいいですよ。少しづつでも分かってくるようになりますから。」と言ってくれましたが、私には聞く耳はありませんでした。

彼は話題を変えて、私がどこで英語を覚えたかと尋ねてきました。前にカナダに滞在した事があってそこで大学に6年通ったのです、と話しました。私がその大学の名前を出すと、彼はでは在学中はどこに住んでいたのですか、と聞いてくるのです。私は大学の寮でした、と言うとどの寮だったか細かく聞いてきました。何でそんなに細かく、と訝しんでいると、彼は、自分も4年間私と同じ大学に通い、私と同じ学生寮に滞在していたんだ、と言いました。

なんていう偶然でしょうか。実は、アルファのことを最初に聞いた時、真っ先にカナダの学生寮のルームメイトのことを思い出したのです。彼女は私が今まで会った中で一番親切な方でした。彼女にはどことなく私には掴み難い何かを持った人のように感じました。寮の中で、彼女は定期的にクリスチャンの集いを持っていました。それは教会のスモールグループだったと知りました。私がキッチンで料理をしていると彼らの神様についての語らいが聞こえて来ていました。どうして目に見えない、存在を証明出来ないようなものを信ずる事が出来るのか、と何度も彼女に尋ねてたことを思い出していたのです。

アルファで、ザーラはある方からこう言われました。「冬はもう終わりです。あなたにとって、桜の咲く季節になったのです。あなたはイエス様のために満開に咲く大きな桜の木になるんです。美しい季節になるのです。」(写真提供:Photo by AJ on Unsplash)

そのことをテーブルホストに打ち明けました。すると彼は、「偶然ではありませんよ。これは神様のご計画なんです。あなたの昔のルームメイトにこう伝えてもらえませんか。『ザーラの心にタネを植えてくれてありがとう。』って。神様は6年間待っていらっしゃったのですよ。今は小さなタネですが、あなたは間も無く大きな木へと成長するのですから。」この会話のおかげで私の態度が180度方向転換しました。アルファに出続けよう、と決めたのです。ただ、それでも心の中の赦せないという気持ちは相変わらずそのままでした。

2016年2月のアルファ・ウイークエンドのレトリートの時が間もなくやってきました。アルファに一緒に出ている方とレトリートの前日に夕食を取っている時に彼女は聖書の箇所を私にプレゼントしてくれました。彼女の心に浮かんだんだそうです。

「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。―主の御告げ―それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」

エレミヤ書29章11節

私はこの言葉にどう反応していいか分かりませんでした。私の心の中の赦せないという気持ちのせいで、自分には将来への希望があるとは思えなかったからです。希望がブロックされているように感じていました。ですから、彼女にはとりあえず、どうもありがとう、としか言えませんでした。

その翌日のアルファ・ウイークエンドのセッションで、ある方が彼女のクリスチャンとしてのストーリーを私に紹介してくれました。その締めくくりに彼女はエレミヤ書29章11節を引用したのです。さらに、ニッキー・ガンベルのトークを見たのですが、何と彼もエレミヤ書29章11節を引用したではありませんか!

美しい季節

昼食時間に、別の参加者の方と話しました。私はクリスチャンではない、と伝えると彼女は、「こんな言葉が私の心に浮かんだわ。あなたのことを指していると思うの。それはね、『冬はもう終わりです。あなたにとって、桜の咲く季節になったのです。あなたはイエス様のために満開に咲く大きな桜の木なるんです。美しい季節になるのです。』という言葉よ。」その言葉は私に取って何よりも感慨深いものでした。桜は日本を代表する花ですし、「美しい季節」という言葉は私に取って個人的に深い関わりを持った表現だったからです。

午後になって、二人のリーダー達が私のために祈ってくれました。初めてお会いする方々で、私の事は何も知らない方達でした。彼らは、私に3つの聖書の箇所をプレゼントしてくれました。それはローマ人への手紙8章15節、伝道者の書3章1〜11節、そしてやはりエレミヤ書29章11節でした。一方のリーダーが、こう言ってくれました。「あなたがどうしてシンガポールに来たのか、どうやって今ここにいるようになったか、そのあたりの事情は知りません。でも言えるのは、神様はあなたを心の内側から癒したい、と願っておられることです。空を舞うべくして生まれた鳥のように、あなたは地べたを這うのでは無いのです。あなたが自分で立てた計画はあなたに害をもたらしました。しかし、神様のご計画はあなたに取って良いものになります。あなたの悪い計画は神様によって良きものに造り替えられたのです。全てのことに時があります。そして時や季節は全て神様の御手のうちにあります。季節が変わりました。今、良きものが植えられ、悪しきものは全て根こそぎ抜き去られるのです。いいですか、神様はあなたを心から愛していらっしゃいますから。」

ハッと気づいたのです。私がシンガポールに来たのは結婚生活のためでは無かったんです。神様と出会い、信仰の兄弟姉妹たちと出会うためだったんです。私のここに来るという目的は達成されていたのでした。もうもがく必要は無いんだと気付きました。元カレは神様に対して自分の取った行動について直接申し開きする必要があるでしょう。公正と赦しは究極的には神様の手の内にあります。初めてこの時私は彼に対して赦しの心を向けることが出来ました。聖霊に触れられたんだ、と分かりました。その日私はイエス様を受け入れクリスチャンになりました。その年4月に洗礼を受けまさしく素晴らしい季節が始まったのです。

暗闇の中の光

神様に出会うと人の人生は速やかに変えられることがあります。私がまさしくそうでした。シンガポールに来た当初は私はうぬぼれた、自尊心の強い、物質的なものにとらわれ、うわべのものに惑わされ、そういうものを追い求める女性でした。今は、私の真の価値は私を造られた父なる神様によって問われるものだと分かっています。アルファを通じて神様に出会うまでは知らなかった真実です。

もちろん新しい生き方が始まりましたが、苦労もあります。私たちは皆、色々な傷を負って生きています。しばしば笑顔を取り繕って心の中の痛みを隠したりします。例えば、過ちを犯せばその人はその罪で刑務所送りになるわけですが、人はまた他人から受けた危害のせいで自分の心という牢屋に閉じ込められてしまうこともあると思います。そんな監獄もあります。でも、そんな中で、神様が痛みを用いて私をより強い人に変えてくれることがあると私も身を以て体験しました。それによって人を赦し、愛することができるようになるのです。もっと大切なことは、神様との新しい人生はなんと奥深く、不思議なことかということです。想像を超えて素晴らしい人生なんです。

よく聞くことわざかも知れませんが、痛みを受けるのは仕方がないが、それによって惨めのままでいるのは自分のせいなんです。なぜなら、神様の恵みは自分の一番惨めな時にも見いだすことが出来るのですから。それは晴れた日に外から帰ってきて暗い部屋に入った時のようなものだと思います。最初は暗闇にものすごく惑わされます。しかしじきに、目が慣れてきて、ものが見えるようになり、動き回れるようになります。人生の中で起きる苦痛の出来事で大きなショックを受け、心の中が暗闇に覆われてしまうかも知れません。最初はどうしていいのか分かりません。しかし、神様の恵みがだんだんとその暗い季節にも映え出してくるのです。そして、神様の光によって、私たちは本当に大切なものは何か、と気づくことが出来るのです。自分にはすでにその大事なものがあったことを今更ながらに気づかされることになるのです。

今あなたがこのストーリーを読みながら、一体自分にはこの苦しみを乗り越えられるような、そんな力があるとは思えない、と感じていらっしゃるでしょうか。どうか覚えていてください。あなたは過去にどんな失敗をしたとしても、今経験している人生の苦しみがいかに大きくても、あなたは何ものにも変えがたい価値のある人間なんです。私ですら神様の尊い子供ですから、もちろんあなたも尊い神様の子供です。いつも神様に愛されています。その事実は自分がどう感じるかに左右されません。クリスチャンであるということは人生を歩むことなんです。全部が全部丸ごと一度に理解して信じないといけないということはありません。私たちが神様を信頼し、信仰を持てるのも実は神様からの賜物ですから。神様はいつも私たちと共におられ、どんな人生の季節にあってもそれは変わりません。

どうか神様が、苦しみに面している心を抱えた方達をこれからも引き続き解放し続けてくださり、その方々が、毎日毎日の歩みは神様からの素晴らしいプレゼントなんだ、と知って生きて行くことが出来ますように、と心からお祈りします。


アルファ・コースは世界中で開催されています。お近くの日本のアルファ・コースはこちらのリンクから検索出来ます。海外にお住まいであれば、こちらのリンクをどうぞ。あるいはカナダでは、このリンクをどうぞ。また、当ウエブサイトには日本語キャプション付きのアルファ・フィルム・シリーズのビデオへのリンク、一話ごとの大まかな説明など掲載していますのでご参考になれば幸いです。こちらのタブから全部参照出来ます。

ザーラのストーリーからも分かりますが、アルファ・コースの素晴らしいところは食事を共にして、くつろいだ雰囲気の中で、親しい友達を作って、人生を語り合えるところにあります。ぜひ一度参加してみてはいかがでしょうか?#TryAlpha