漁に帰る弟子達 1〜3節
七人の弟子たちが、ガリラヤ湖に来ています。ペテロとゼベダイの子たち(著者ヨハネとヤコブ)ともう四人… 残り四人の居所はわかりませんが、最近までエルサレムにいた彼らがガリラヤに戻っているのは、イエスがそうするように命じておられたからのようです(*)。 よみがえられた時から天に昇られる間の40日間にイエスはあらゆる場所で多くの者の前に現れておられます(**)。この21章の出来事もその中の一例であって、三度目にあたるものだと4節で触れられています。
*マタイ26:32、28:10、マルコ16:7
**使徒の働き1:3と9、マルコ16:19、ルカ24:50〜51、Ⅰコリント15:6
故郷に戻った弟子たちのこの時の思考を想像するのは難しくありません。過去3年間、イエスに付き従ってきた数々の教えと出来事、そして勝利に溢れたイエスの素晴らしいよみがえり… これらは彼らの中に鮮明に刻み込まれていた事でしょう。そして命じられた通りにガリラヤに戻っています。彼らはペテロの家と船があったカペナウムにいたと思えます(*)。しかし… イエスの姿は見当たらず、彼らはそこで次に何をすべきなのかが分からなかったのではないでしょうか? 経済的にも底が見えてきていたかも知れません。イエスから次の事への指導を待つこの時間、ペテロにとって一番自然な事は漁に戻る事だったのでしょう。そして仲間たちも取りあえずは一緒にそうする事にしたようです。
*マタイ8:5と14節、マルコ1:16
〜 心のトゲ 〜
主はいつ現れてくださるのだろうか? これまでの3年間は何を意味したのだろうか? これからどうやって生きて行くべきなのだろう。ペテロと仲間たちがこんな思いを巡らし話し合いながら夜通し漁を試みていたのではないでしょうか? 漁で魚が取れなかった事は初めてではなかったことでしょう。手探りでその日その日を過ごす中、今回の漁の試みさえも上手くいかず、彼らの心は落胆したに違いありません。しかしこの時それとは別に、ペテロの心にはある「トゲ」が深く刺さっていたと考えられます。
岸辺の人物 4〜8節
そんな時、岸辺から誰かが大声で話しかけてきます。「子どもたちよ。食べるものがありませんね。」又は、原語(ギリシャ語)では魚が取れたかを尋ねています。どちらのニュアンスにも受けとれる言い回しなのかも知れません。弟子たちが「ありません。」と答えると、その人物は彼らに、船の右側に網をおろせば魚はとれると指導したのでした。
期待が膨らみます。彼らは反論もせず、「もしかして…」と踊る心を抑えながらこの人物の言う通りにします。「過去にこんな事があった… 」(*) そして大量の大きな魚! 「やっぱりそうだ!!」でもそれを一早く口にしたのがヨハネでした。「主です!」それを聞いてペテロは上着をつけて湖に飛び込み、イエスがいる岸まで泳ぎます。ペテロが本当に真っしぐらな性格を持っていたのが新ためて分かります。
*ルカ5:1〜7
イエスとの朝食 9〜14節
取れた魚が重たすぎたので、そのまま引っ張って百メートル程の距離を岸まで戻った船は、結局ペテロと保々同時に辿りついたようです。そしてそこには待ち焦がれたイエスの姿があり、彼らを待っていた暖かい炭火と朝食があったのです。イエスがこの朝食をどのようにして用意されたのかは書かれていないので想像するしかできませんが、どんな形で用意することでもできる方である事を聖書から学ぶ事ができます(*)。何れにしても、イエスは弟子たちにどんな教えや指導を施すよりも先に、彼らの肉体的な必要に心を配ってくださったのです。そしてもう一つ。その朝イエスが取らせてくださった多くの魚は、彼らの強い経済的な助けになった事も想像できます。
*マタイ14:15〜21、ルカ9:12〜17、マタイ15:32〜39、ヨハネ6:1〜14
その朝、そこには愛するイエスとの再会があり、暖かい炭火と朝食と笑いと団らんがあり、不思議な形で取れた魚と破れなかった網などの神の奇跡があり、ひと時の経済的な安心感もあった事でしょう。この時の弟子たちは心も体も暖かく幸せな気持ちであったに違いありません。21章が語るこの、よみがえられた主イエスとの三度目の再会の光景は本当に麗しいものです。
心のトゲを抜かれるイエス 15〜17節
ただ、その時イエスとペテロの間には未解決であった事柄がありました。これがペテロの心の中に刺さっていたトゲだったのです。空腹で体が冷えた状態の中では、人は集中して大切な語り合いは難しい事にイエスは気を配られ、その事柄をペテロに持ち出す事を朝食の後まで待たれたのですね。ペテロがたっぷりと朝食を食べ、炭火の前で体も暖まったところで、イエスがペテロに切り出されます。
「ヨハネの子シモン」とはペテロの正式な名前でした。(苗字の無かったこの時代は人をその父親の名で呼んでいたので、ペテロの父親も「ヨハネ」と言う名だった事がわかります。)ご自身が名付けたあだ名の (*)「ペテロ」ではなく、彼の正式な名前で呼び掛けられた事からも、イエスの真剣差が伺えます。そして、こう尋ねられます。「あなたはこの人たち以上にわたしを愛しますか?」これは、十字架の前の最後の夜にペテロが、自分は誰にも負けないぐらいにイエスを愛していて、絶対イエスを裏切らないと断言した過去を(**)、イエスはペテロに振り返させていたようです。例え、同胞の者たちのイエスへの愛を評価する力はペテロには無くても、自分の愛は誰のものにも負けないつもりであったペテロの心から出た発言だったのですが…
*ヨハネ1:42 **マタイ26:33、ルカ22:33、ヨハネ13:37
イエスのこの問いに、ペテロは心の中に刺さっているトゲがズキッと痛んだのではないでしょうか? あの様に強く断言したその同じ夜に、イエスが預言されていた通りにペテロは三度イエスとの関わりを否んでしまった (*)「失敗」というトゲです。このトゲによる後ろめたさに遮られて、ペテロが復活されたイエスに以前のように堂々と接する事ができていなかった可能性が指摘されています。ペテロはずっとイエスに謝りたかったのではないでしょうか? だからこそ岸辺の人物がイエスだと分かった時、彼は一刻も速くイエスに辿りついて謝ろうとして飛び込んで泳いだ。それでも彼はイエスにその事を持ち出す言葉とタイミングを探していた。そんな事が想像できます。そうであったなら、それをイエスはご存知で、ご自身の方からその課題に踏み込まれたかのようです。
*マタイ26:57〜75、マルコ15:66〜72、ルカ22:54〜62、ヨハネ18:15〜27
「はい。主よ。私があなたを愛する事は、あなたがご存知です。」このペテロの答えには以前のように断言する節がありません。「神であられるあなたがご存知の通りです」と言う謙遜な意味がこもった返事でした。
それに対するイエスからの言葉は、「私の子羊を飼いなさい」でした。イエスが言われる「子羊や羊を飼う、牧する」とは、人々をイエスの十字架の救いに導き、彼らの魂を見守って、イエスキリストと繋がっているように育てなさいと言う意味があったのです。すなわちこれが「教会」と言うものであり、ペテロがはじめに教会を建て上げ導く事を任命されていたのです。この任命は、これより以前のイエスとペテロのやりとりにさかのぼります。その日ペテロが、イエスを神の子でありキリストであると言う信仰を告白した時、イエスはそのペテロの告白を土台として教会を建てると語られています(*)。つまり、ペテロの信仰告白から始まり、同じ様にイエスを神の子であり魂の救い主(キリスト)であると信じる者たちが集まる事で「教会」が築き上げられるのです。
*マタイ16:13〜18,
**魂の救い、成長、教会などに関しては、「とびら」シリーズの6〜8、11 などで詳しく学べます。
〜三度の意味〜
このやりとりは三度繰り返されています。三度目にイエスが問われた時、ペテロは「心を痛めた」と記されています。ペテロの心は想像する事しかできませんが、この時イエスが彼の心のトゲを抜いておられる事に気がついたのかも知れません。かつて、炭火の前でペテロが三度イエスを否定した過去、ペテロがイエスに謝りたかったその過ちをイエスの方から間接的に持ち出され、それを再び炭火の前でペテロの三度の愛の告白よって赦し、洗い流されます。そしてこの岸辺で、イエスはペテロを弟子たちの長としても教会初の伝道師としても、新ためて立て挙げてくださったのでした。その後のペテロの伝道師としての活躍は「使徒の働き」の中で読む事ができます。
適用:
私たちが神との関係を修復したいと望む時、とにかくがむしゃらに湖に飛び込んだペテロのように、まず自分のできる第一歩を踏み出す事が重要です。私たちが神に近づく努力をするとき、神の方から私たちに駆け寄ってくださり(*)、隔てている事柄の本題に踏み込んでくださるのです。
*ヤコブ4:8、ルカ15:11〜24