祈り自体のために祈る事ってあっても良いわけです。神様は心の真実を喜ばれる方なのです。(詩編51:6)
祈るための祈り
父なる神様、私は今、日々の祈りの姿勢の為に祈ります。私が日々の務めに励む時も、休む時も、御霊に呼び寄せられ、あなたへの愛に促され、御約束に励まされ、あなたの威厳と偉大さを見上げて、聖なる恐れを持ってあなたの御前に出る事を望みます。あなたの御心を祈る事、隣人たちのために執りなして祈る事、世の中の動きのために祈る事は、神の国のための戦いに参加する事であると知っています。
しかし主よ、その反面、自分が幾度もあなたの前に出て祈る事を後回しにしたり蔑ろにしてしまっている事を痛感しています。悩みや心配事をあなたに祈る事を忘れたり、怠慢さや罪悪感のためにあなたの前に来る事が困難に感じます。そんな私をあなたは良くご存知であられます。どうか主よ、私がこのままそのように生き続けるのではなく、祈りの戦士として成長できるように顧みてくださり、あなたの憐れみと力を私に注いでください。
聖霊様、日々私が何をどのように祈ったら良いのかを、あなたがその都度わたしに示して下さい。私が自身の負い目を感じる時、憂いに浸るのではなく、イエス様が十字架で成し遂げて下さった救い、そして用意して下さっている輝やかしい未来に心を向けさせてください。そして再びあなたの大いなる愛とあなたの御約束からの希望で私の心を生ける水で満たしてください。
このような私でも神様、あなたはその果てしない愛でわたしを愛して下さっている事に、私は感謝し切れません。信仰を持ってあなたの御心を祈り従う時、あなたは私に、この世に冠を奪われない、圧倒的な勝利者になる力を与えてくださるのだと聖書は語っています。十字架の御わざの故に、私がイエス様の偉大なる御名を通して、大胆に父なる神様の御座の前に出させて頂ける事は本当に素晴らしいことです。私が常にこの事実を心得て祈りの場につく事ができますように。どうか、主よ、あなたが用意して下さっている最善の道を歩む事ができますように。
エペソ6:11〜12、ローマ8:26〜28、8:37、エレミヤ17:10、ヘブル12:28〜29、黙示録3:11、ヨハネ4:14、7:37〜39、14:6、黙示録21:6