毎年11月になると次の年の抱負をまとめ始めます。今年も想いを巡らせていました。祈祷会で他の人が祈っている途中でピリピ書の聖句が浮かんで来ました。雑念ではなく、祈りの流れと内容に沿って聖句が浮かぶことが多いです。そしてこの聖句はその後も頭に残っていました。そして繰り返し読み、その箇所をまとめてみようと思いました。それがこの投稿の画像にあるホワイトボードへのメモです。(ピリピ 4:4-7)ここから来年の抱負を取りまとめています。そして、2026年はピリピ書に飛び込んでみることにしました。このウエブサイトで毎月ピリピ書を読み進めていきます。

いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。あなたがたの寛容な心を、すべての人に知らせなさい。主は近いのです。何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。

ピリピ書 4:4-7

ピリピの教会は不思議な方法で始まりました。パウロ、シラス、テモテ、そしてルカが宣教旅行を進めていたのですが、こう聖書が書いています。

ビテニヤのほうに行こうとしたが、イエスの御霊がそれをお許しにならなかった。

使徒 16:17

パウロたち一行が現在のトルコ西部のムシヤという町に到達し、そこから北上していこうとしたところ聖霊にストップをかけられ、そして夢の中でマケドニアの人から「マケドニヤに渡って来て、私たちを助けてください」と懇願されその通りにマケドニアに渡ったのです。そして数日ピリピの地方に滞在したのです。

そこでは数日の滞在でしたが大変中身の濃い滞在でした。信仰に厚い布商人のルデヤとの出会い、占いをしていた娘の回心、迫害と投獄、そして牢獄からの不思議な解放、看守とその家族の回心などです。目まぐるしい滞在でした。ローマの植民地であり、後にローマの都市として認められたピリピの教会のスタートはこんな感じでした。(使徒 16:12-40)

ピリピは「喜びの書」と言われています。ではピリピの教会は全てスムースで楽しく、問題もなかったでしょうか?ピリピという都市の背景や教会の発展について学ぶと喜びにあふれているのですが、同時に苦しみにもあふれ、都会ならではの問題点もあります。教会に集うものたちの間のいさかいもあります。今日の私たちにもピリピ書は多くを語ってくれることでしょう。