To You belongs silence [the submissive wonder of reverence], and [it bursts into] praise in Zion, O God.
Amplified Version 詩篇 65:1a 和訳はブログ筆者の抄訳
静寂があなたのところにあります。[それは畏敬の念に打たれ、身をかがめて味わう驚きの心を与えてくれます] そして、神よ、シオンには賛美があります [それは静寂を打ち破ります]
今日の聖書通読の詩篇の箇所は詩篇65篇からでした。新改訳だと伝わりにくいかもしれませんが、アンプリファイド訳には「畏敬の念に打たれた」「身を屈めるような驚き」が主にある静寂であると解説をつけています。そしてその静寂は賛美によって破られると補足されています。思わず、これはフェルマータとフォルテッシシモだ!と感じました。
フェルマータもフォルテも音楽用語です。フェルマータは「長く伸ばす」という指示で、音についていればロングトーンです。休符についていれば今日の御言葉のように静寂が続きます。そしてフォルテッシシモ「fff」はとてもとても強く、という強くというフォルテの記号が三つ並んだ記号です。フォルテの最上級です。ですから、休符のフェルマータとフォルテのペアは全くの静寂から突然の音響へと続くという意味です。コントラストがはっきりしています。
エレベーターミュージック、という言葉を聞いたことがあるでしょうか。駅ビルとか商業施設のエレベーターに微かにかかっている音楽を総称してそう呼んでいました。誰の耳障りにもならない、それでいて無音状態にならないようにかけていたのでしょうね。エレベーターミュージックはつまらない音楽の代名詞にもなりました。誰も特に注意を向けない雰囲気だけのための音楽でしたから。
神への賛美はエレベーターミュージックではありません。神の御前に静まり、臨在を覚えると、賛美に繋がります。そしてこの賛美はそれまでの静寂を激しく打ち破るような響きを持ったものです。詩篇には数多くの楽器が出てきます。打楽器、弦楽器、管楽器など種類も豊富です。そしてそれは単なる偶然ではありません。あらゆる楽器、声を使って賛美せよ、と聖書は語ります。
同時に、今日の箇所は静寂の必要性も強く語りかけてきます。賛美の声を高らかに歌うためにはコントラストとしての静寂がなければ単にいつもやかましいシンバルがなり続けているようなものです。神を神として敬い、自分は造られし人であるとわかるには静寂が欠かせません。それが神にへりくだる、神に対する畏敬の念を生み出すのですから。
