蘇生、という言葉は医療関係以外ではあまり見かけませんね。「死んだように弱ったものを元に戻す」という意味です。

私はドキュメンタリーにハマっています。特に医療関係の番組は日本国内のものも海外のものも大好きです。救命救急の病院に搬送されてくる患者さんたちをERドクターやナース、スペシャリストたちが束になって助けるのです。心肺停止の患者が蘇生されたりします。

どうしてそんな番組に興味があるんだろう、と思ったことが今回の「想うこと」の記事です。自分だけでなく、そういう番組が人気があるのはただ単に人の野次馬根性をくすぐるからだけではないと思いました。

一つ思い当たるのは、人間は常に「元通りにする、なる」ということに思いを馳せているということです。壊れたら直したいし、失敗したら練習してやり直す、無くなったものは見つけたい、などです。そしてこれらの感情や考えは突然身についたり、思いついたものではなく、人間が神の似姿に造られているからこそ、元々持っているものではないかと思えます。

もう何年も前になりますが今は天に召された前任の主任牧師、マーク牧師が創世記から説教シリーズをしている中で一つの単語を教えてくれました。それは、「Tikkum Olam ティクン・オラム」です。なんか呪文みたいですが、これはヘブル語で、「世界を修復する」という意味です。天地を創造された主なる神は被造物を愛しているのです。ですから、神の願いは、罪の入った世の中を修復し続けるのです。その神の願いであり思いは、イエスにあって究極の十字架の贖いを通し、失われたものは買い戻され、いのちが失われていたところにいのちの息が吹き返しています。

広く世の中の修復もそうですが、自分の信仰、神との関係の修復を常に神は望まれています。詩篇119篇に、11回「蘇生」意味する英語の”Revive” が使われています。

25 私のたましいは、ちりに打ち伏しています。あなたのみことばのとおりに私を生かしてください。
37 むなしいものを見ないように私の目をそらせ、あなたの道に私を生かしてください。
40 このとおり、私は、あなたの戒めを慕っています。どうかあなたの義によって、私を生かしてください。
50 これこそ悩みのときの私の慰め。まことに、みことばは私を生かします。
88 あなたの恵みによって、私を生かしてください。私はあなたの御口のさとしを守ります。
93 私はあなたの戒めを決して忘れません。それによって、あなたはわたしを生かしてくださったからです。
107 私はひどく悩んでいます。主よ。みことばのとおりに私を生かしてください。
149 あなたの恵みによって私の声を聞いてください。主よ。あなたの決めておられるように、私を生かしてください。
154 私の言い分を取り上げ、私を贖ってください。みことばにしたがって、私を生かしてください。
156 あなたのあわれみは大きい。主よ。あなたが決めておられるように、私を生かしてください。
159 ご覧ください。どんなに私があなたの戒めを愛しているのかを。主よ。あなたの恵みによって、私を生かしてください。

さらに興味深いのは、これらの節を見ると、「生かす」ことが神の「御言葉、道、義、戒め、めぐみ、御口のさとし、あわれみ」に結びついていることです。これらの神のわざはすべてイエス・キリストにおいて成就しています。神の生ける「言葉」イエスによって死んでいた私たちは息を吹き返したのです。

救命救急の番組では「一命をとりとめた!」ということがたいていの場合エンディングですが、イエスは、なんと単に生きるのではなく、豊かないのちを与えてくれます。(ヨハネ 10:10)さらに、イエスは息を吹き返した私たちをほったらかしにはしません。聖霊が寄り添い、導き、信仰の歩みを支えてくれます。使徒パウロはピリピの信者たちにそのことについて、こう彼の確信を伝えています。私たちにもこれは当てはまるのです。

「あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださることを私は堅く信じているのです。(ピリピ 1:6)」