「インクリメンタリズム」という言葉を聞いたのは何年か前に、ある方が教会で、イギリスの奴隷廃止の流れに言及された時でした。ウイリアム・ウイルバーフォースという十八世紀のクリスチャンの政治家が奴隷廃止を1789年に議会で提議し、少しづつ少しづつ廃止へ向けて法令が改正され続けたのです。当初は何度も改正の提議は議会に却下されました。しかし、「外国奴隷貿易法(1806)」「奴隷貿易法 (1807)」さらに完全な廃止を目指しつつ「奴隷制緩和・段階的廃止協会(1823)」を設立し廃止活動を続け、ついに1833年、議会は英帝国にいる全ての奴隷に自由を与える「奴隷制廃止法」を彼の死の1ヶ月後に制定するに至ったのです。この少しづつ、本質を目指しながらも、角度を少し変えながら積み重ねていくことをインクリメンタリズム、というんだと教わりました。
長く一つの職場にいるとそんな「少しづつ」のインクリメンタリズムを目の当たりすることができます。教会のフードサポートもその一つですが、今日はユースへのアウトリーチのここ数年の流れをご紹介します。もちろんこの流れはそれよりもずっと以前から種が撒かれていたのが今になって実をならせ始めているのでしょう。神に感謝します。
2021年に教会堂に隣接した三階層のビルが完成しました。建築には様々なチャレンジがありましたがその都度神様によりチャレンジが恵みに変わることを体験した3年間のプランニングと施工でした。アウトリーチのために建てられたビルにはローカルミッション専用のスペース、キッズプログラム専用のフロア、大人数を収容できる多目的ホールとコマーシャルキッチンが設けられました。それまで続けてきた食料品のサポートプログラムも拡張され、アルファコースも旧ビルで手狭だったのが大ホールとキッチンによりステップアップ出来るようになりました。教会はこの建物をレンタルホールにするのではなくここを使って宣教を広げるのが第一義として歩んでいます。
私たちの教会は近隣の中学校と高校の通学路にあります。教会の横の道を学生が行き来し、多くの親御さんが教会のパーキングを利用して車で送り迎えをしています。毎日オフィスにいる私はそんな車の送迎や下校時の学生の流れを見ていて、あああの子たちがみんな教会に来れたらなぁと思ったのです。
近隣の高校のスタッフと教会のスタッフにはこれまでも繋がりもありました。教会も学校の演劇や卒業記念式などには無償で教会の会堂や施設を利用してもらってきました。学校で爆弾騒ぎ(何も実際にはありませんでしたが)あった時には全校生700人が教会に一日避難してきたこともありました。当時のスタッフは驚きつつ、こんなに多くの学生に取り組めるなんて素晴らしい、と思ったそうです。またある年には高校の卒業生たちが教会の駐車場で水鉄砲パーティーをしたりしていました。教会のユースチームもハッと気づくと一緒に水浸しになって遊んでいましたが(笑)。
そんな中、ある時ふと教会のビルを下校時に開放して学生たちが親が車で来るのを待つのに使ってもらったらどうかなと思ったのです。私たちの新しいビルは下校時間は空っぽです。雨の中、ビルの外で待っている子たちには中で待ってていいよと声がけを始めたのです。メインフロアは大ホールのロビーでソファーもあり、駐車場に面したエリアにはカフェスタイルの座席もあるのできっと学生たちもこぞって来るのでは、なんて思っていました。
ドアを開放して、音楽を流したり、引き続き外で待ってる学生に、中へどうぞ、と呼びかけました。でも数名の学生がトイレを使いに入るだけでした。そのうちドアとトイレの間に冷たい水を置いたりしました。少しでも教会って入ってもいいし、そんなに悪くないな、なんて思ってもらえたらと思いました。
ことあるごとにユースチームのスタッフに下校時の学生に何かできないか持ちかけました。以前に何人かのリーダーが宿題などのお手伝いをするのを口コミでやっていたりしていたのでそれもやったらどうか、と相談してみました。
2年前についに大きなステップの時がきました。ユースチームが、よしやろう、と決めたのです。いきなりビルの中に呼ぼうとするよりもまずは通学路に出て行って、スナックとココアを配ろうということになりました。週に二回歩道脇でのミニストリーが開始しました。すぐにチームと話し始める学生も出てきました。コネクションが生まれたのです。
そして毎週二回放課後に教会のロビーを使ったスチューデント・スペースが始まりました。スタッフとボランティアで飲み物を用意し、若者向けの音楽が流れ、ゲームやピンポン台、気軽に入れる場所がクリエイトされました。親に迎えの時間をずらして来るよう頼んでいる学生もいるそうです。
教会のロビーに次から次へと学生が入って来るのを見ると感動です。どこぞのショッピングモールやカフェでうろうろするよりも教会に来てくれることは遥かに良いだろうと思いました。スタッフやユースリーダーたちともコネクションを持ち始めました。でもこれが最終目的ではありません。せっかく来てくれている彼らになんとか福音を伝えたい、というのが教会の願いですから。
1年前にそんな学生の一人、Z君が洗礼を受けました。彼は13歳の学生です。ある日下校中にココアをもらい、フレンドリーな人たちと場所が気に入って、常連さん!になりました。洗礼の証しの中で彼はこう言いました。「自分は学校では人気もあるがいつも孤独に感じていた。でも教会にきてクリスチャンと交流しているうちに神様を知って孤独じゃないと気づいた」と。キリストはまさしく彼の心に触れてくれたのです。Z君はアルファのキッズプログラムに奉仕してくれています。
だんだんと繋がる学生たちが増えてきました。その高校にクリスチャンクラブまで発足しました。クラブのリーダーが教会でクリスチャンクラブの活動ができないかと持ちかけてきました。そしてクリスチャンクラブ主催のイベントが持たれました。大ホールに40人ほどの学生も集まりました。
今年に入りユースアルファが始まりました。ロビーに集まる学生たちに声をかけて興味のある学生たちに大ホールでアルファを八回に渡って放課後行いました。8人がけの丸テーブルを三つ用意してスタートしましたが、すぐにテーブルを二つ追加しなければなりませんでした。30人の高校生と中学生が集いました。リードしたのは高校3年生のクリスチャンクラブのリーダーでした。ユースチームは来年度に学区内の全ての高校でユースアルファを発足し開催しようと準備を進めています。
先日終了したメインのアルファコースにも8人のティーンが参加しました。2人はホスピタリティーとキッチンのボランティアとして、3人はキッズプログラムのお手伝い、そして3人はコースに出ました。普段は教会とあまりコネクトしていなかった彼らは密度の濃いつながりを持つようになったのです。そんな彼らを見ると、彼らは次の世代のリーダーになりそうな予感がします。キリストにあってグングン育っています。
「仲間がいても孤独だった」というZ君の言葉が響いてきます。ティーンは人間同士の繋がりを持つのを望んでいます。どうやってそのスペースを作り出すが大事だと思います。
私のオフィス、フロントデスク、はビルの二回にあります。これまで、こっそり毎週ガミーベア(グミ)やお菓子をカウンターに置いています。最初は教会を物珍しく思った中学生が紛れ込んできて、ここは何、というので説明し、お菓子をあげて、「誰にも言っちゃダメだよ」と伝えました。するとすぐに二回に上がってくる学生が増えてきています。私のお小遣いバジェットも拡張せねばならなくなっています。(笑)最初は特に会話らしい会話はありませんでしたが、最近はレギュラーでくる子たちも増えて学校のことや放課後のことを話すこともあります。階下で行なっているアルファも勧めてみたりしています。ある中学生は、「私の名前はフェイス(Faith)っていうの。それをアルファで話してるのよね」とちょっと嬉しそうにしていました。階下の高校生は安いお菓子には魅力を感じないようで、中学生ばっかり二階にきます。自転車のヘルメット姿で来る子、ものすごく背の高い中学生、必ず友達を誘ってお菓子を取りに来る子、AC/DC(80年代のロックバンド)のTシャツを着た女の子(バンドを組んでドラムを叩いていて、AC/DCの曲をやっているそうです!)、彼らは教会の「きょ」の字も、イエスのことも全く知らないのです。だからこそ、教会をオープンしてここで仲間を見つけて欲しいのです。放課後にショッピングモールやカフェ、コンビニでたむろして時間をどんなに楽しく過ごしても、本当は孤独に感じてしまうのなら、教会で、あたたかい、真の友人のイエスに出会えることを願います。今は何にも分からなくても、孤独な時や辛い時に、ああなんか教会があったな、と聖霊が働いてくださると信じています。
そんなことを想わされました。インクリメンタリズムのステップはまだまだ続きます。